京都検定

過去問|2級 第1回京都・観光文化検定試験(2004年)|平安時代(1/10 page)

目次

<1> 平安時代に関する記述について、最も適当なものを(ア)~(エ)から選びなさい。

(1) 平安時代の埋葬地である鳥辺野(とりべの)の端にあたることから、現世と霊界との接点として小野篁(おの の たかむら)の冥土通いの伝説を生み、人々の信仰を集めた寺院はどこか。

選択肢
(ア)六波羅蜜寺
(イ)化野念仏寺
(ウ)珍皇寺(六道珍皇寺)
(エ)建仁寺



(ウ)珍皇寺(六道珍皇寺)

(2) 平安時代に造られた嵯峨天皇の離宮である嵯峨院の遺構として、大覚寺の大沢池のほとりに残っているのは何か。

選択肢
(ア)慈眼堂(じげんどう)
(イ)厭離庵(えんりあん)
(ウ)棲霞観(せいかかん)
(エ)名古曾滝(なこそのたき)



(エ)名古曾滝(なこそのたき)

(3) 平安京は南北約5.2km、東西約4.7kmで、中央に朱雀大路が南北に走り、北方の大内裏に通じていた。この朱雀大路の幅は約何メートルあったか。

選択肢
(ア)25メートル
(イ)55メートル
(ウ)85メートル
(エ)115メートル



(ウ)85メートル

(4) 平安時代に、来訪した外国使節の宿泊・接待のため使われた施設を何というか。

選択肢
(ア)講道館
(イ)長生館
(ウ)鴻臚館(こうろかん)
(エ)貴賓館



(ウ)鴻臚館(こうろかん)

(5) 平安中期に制定された、律令の施行細則を集大成したものを何というか。

選択肢
(ア)養老律令
(イ)大宝律令
(ウ)類聚三代格(るいじゅさんだいきゃく)
(エ)延喜式



(エ)延喜式

(6) 平安京造営の際の禁苑で、祈雨の道場ともなったのはどこか。

選択肢
(ア)神泉苑
(イ)引接寺(いんじょうじ)
(ウ)雨宝院
(エ)上品蓮台寺(じょうぼんれんだいじ)



(ア)神泉苑

(7) 永承7年(1052)、父である藤原道長の別荘・宇治殿を改め、平等院としたのは誰か。

選択肢
(ア)藤原兼通
(イ)藤原頼道
(ウ)藤原俊成
(エ)藤原頼長



(イ)藤原頼道

(8) 平安後期、左京区岡崎には天皇・皇族の造営した「勝」のつく6つの寺院があり「六勝寺」と呼ばれていた。中でも白河天皇の発願により創建され、八角九重の塔で知られた寺院は何というか。

選択肢
(ア)成勝寺
(イ)法勝寺
(ウ)最勝寺
(エ)円勝寺



(イ)法勝寺

(9) 西国三十三所巡礼は平安後期に僧侶の間で始まり、室町後期には一般にも普及した。次のうち札所寺院でないものはどれか。

選択肢
(ア)長楽寺
(イ)今熊野観音寺
(ウ)清水寺
(エ)善法寺



(ア)長楽寺

(10) 承安4年(1174)、牛若丸(源義経)が奥州に出発する時に道中の安全を祈願したなどの言い伝えがあり、現在も旅行の安全を願う信仰がある神社はどこか。

選択肢
(ア)首途八幡宮(かどではちまんぐう)
(イ)出世稲荷神社
(ウ)由岐神社(ゆきじんじゃ)
(エ)白峯神宮(しらみねじんぐう)



(ア)首途八幡宮(かどではちまんぐう)