京都検定

過去問|2級 第1回京都・観光文化検定試験(2004年)|「京都の三閣」(2/10 page)

目次

<2> 「京都の三閣」について記述した下記の文章を読み、(   )に入れる適当な語句を選びなさい。

 金閣寺は室町幕府3代将軍足利義満が応永4年(1397)に造営した北山殿に始まる。義満の没後に禅寺となり、義満の法号から「鹿苑寺」と称した。通称の金閣は( 11 )のこと。( 12 )に臨んで建ち、一層は「法水院(ほっすいいん)」、二層は「潮音洞(ちょうおんどう)」、三層は「究竟頂(くっきょうちょう)」という。境内には金森宗和好みの茶席「( 13 )」がある。

 銀閣寺は室町幕府8代将軍足利義政が文明14年(1482)、浄土寺跡に建てた東山山荘に始まる。義政没後に禅寺となり、義政の寺号から「( 14 )」と称した。二層の楼閣で、下層を「心空殿(しんくうでん)」、上層を「潮音閣(ちょうおんかく)」という。また、持仏堂の「( 15 )」は、付書院や違棚をもつ書斎の「同仁斎」などからなり、( 16 )の初期形態として貴重である。

 西本願寺は、宗祖である親鸞の娘の( 17 )が東山に建てた大谷廟堂に始まる。天正19年(1591)に( 18 )が現在地に寺地を寄進し、慶長7年(1602)徳川家康から寄進された烏丸七条の地に教如が東本願寺を分立して以後、西本願寺と呼ばれる。滴翠園(てきすいえん)内にある飛雲閣は( 19 )の遺構と伝えられ、金閣・銀閣と共に京都の「三閣」の称されている。一層には「招賢殿(しょうけんでん)」や「舟入之間」があり、二層は三十六歌仙を描いた「歌仙之間」で、三層は「( 20 )」と呼ばれる。

(11) 金閣寺は正式名称を「鹿苑寺」といい、通称の金閣は(   )のこと。

選択肢
(ア)舎利殿(しゃりでん)
(イ)瑠璃殿(るりでん)
(ウ)亀山殿
(エ)衣笠殿



(ア)舎利殿(しゃりでん)

(12) (   )に臨んで建ち、一層は「法水院(ほっすいいん)」、二層は「潮音洞(ちょうおんどう)」、三層は「究竟頂(くっきょうちょう)」という。

選択肢
(ア)曹源池(そうげんち)
(イ)黄金池(おうごんち)
(ウ)鏡湖池(きょうこち)
(エ)錦鏡池(きんきょうち)



(ウ)鏡湖池(きょうこち)

(13) 金閣寺の境内には金森宗和好みの茶席「(   )」がある。

選択肢
(ア)郭公亭(かっこうてい)
(イ)夕佳亭(せっかてい)
(ウ)八窓席(はっそうせき)
(エ)清漣亭(せいれんてい)



(イ)夕佳亭(せっかてい)

(14) 銀閣寺の正式名称は「(   )」という。

選択肢
(ア)誠心院
(イ)放生院(ほうじょういん)
(ウ)禅林寺
(エ)慈照寺



(エ)慈照寺

(15) 持仏堂の「(   )」は、付書院や違棚をもつ書斎の「同仁斎」などからなり、( 16 )の初期形態として貴重である。

選択肢
(ア)光明堂(こうみょうどう)
(イ)東求堂(とうぐどう)
(ウ)真如堂(しんにょどう)
(エ)日暮堂



(イ)東求堂(とうぐどう)

(16) 持仏堂の「( 15 )」は、付書院や違棚をもつ書斎の「同仁斎」などからなり、(   )の初期形態として貴重である。

選択肢
(ア)仏殿造り
(イ)寝殿造り
(ウ)書院造り
(エ)武家造り



(ウ)書院造り

(17) 西本願寺は、宗祖である親鸞の娘の(   )が東山に建てた大谷廟堂に始まる。

選択肢
(ア)恵信尼(えしんに)
(イ)覚信尼(かくしんに)
(ウ)貞心尼(ていしんに)
(エ)慈応尼(じおうに)



(イ)覚信尼(かくしんに)

(18) 天正19年(1591)に(   )が現在地に寺地を寄進し、慶長7年(1602)徳川家康から寄進された烏丸七条の地に教如が東本願寺を分立して以後、西本願寺と呼ばれる。

選択肢
(ア)豊臣秀吉
(イ)豊臣秀頼
(ウ)豊臣秀次
(エ)豊臣秀吉の夫人北政所



(ア)豊臣秀吉

(19) 滴翠園(てきすいえん)内にある飛雲閣は(   )の遺構と伝えられ、金閣・銀閣と共に京都の「三閣」の称されている。

選択肢
(ア)紫宸殿(ししんでん)
(イ)花の御所
(ウ)聚楽第(じゅらくだい/じゅらくてい)
(エ)朱雀院



(ウ)聚楽第(じゅらくだい/じゅらくてい)

(20) 飛雲閣の一層には「招賢殿(しょうけんでん)」や「舟入之間」があり、二層は三十六歌仙を描いた「歌仙之間」で、三層は「(   )」と呼ばれる。

選択肢
(ア)白虎楼(びゃっころう)
(イ)玉鳳楼(ぎょくほうろう)
(ウ)嘯月楼(しょうげつろう)
(エ)摘星楼(てきせいろう)



(エ)摘星楼(てきせいろう)