京都検定

過去問|2級 第1回京都・観光文化検定試験(2004年)|京都の伝統文化・伝統芸能(8/10 page)

<8> 次の各設問の記述について、誤っているものを選びなさい。

(71) 葵祭について

選択肢
(ア)賀茂別雷神社(上賀茂神社)と賀茂御祖神社(下鴨神社)の例祭である。
(イ)葵祭の行列は華麗であるが、これを「社頭の儀」という。
(ウ)石清水祭・春日祭とともに、「三大勅祭」のひとつである。
(エ)『源氏物語』など古典文学で単に「祭」といえば、葵祭を指す。



(イ)葵祭の行列は華麗であるが、これを「社頭の儀」という。
路頭の儀

(72) 祇園祭について

選択肢
(ア)東京の神田祭・大阪の天神祭とともに、「日本三大祭」のひとつである。
(イ)現在(2004年時点)は山鉾あわせて32基が巡行に参加する。
(ウ)先頭を行く長刀鉾を除いて、巡行の順番はくじで決める。
(エ)山鉾巡行は、国の重要無形民俗文化財に指定されている。



(ウ)先頭を行く長刀鉾を除いて、巡行の順番はくじで決める。
長刀鉾を含め8基の山鉾を除いて

(73) 時代祭について

選択肢
(ア)平安奠都1100年紀年祭を奉祝する行事として明治28年(1895)に始まった。
(イ)京都市全域からなる市民組織「平安講社」によって運営されている。
(ウ)時代行列に先立ち、京都御所で神幸祭が執り行われる。
(エ)時代行列は、京都御所を出発し、市役所前を経て、平安神宮へと向かう。



(ウ)時代行列に先立ち、京都御所で神幸祭が執り行われる。
祭文奏上(さいもんそうじょう)、神幸祭、行在所祭(あんざいしょさい)が執り行われる

(74) 京都御所について

選択肢
(ア)元弘元年(1331)、後醍醐天皇が里内裏の土御門東洞院殿で即位して以後、同所が皇居として定着した。
(イ)安政2年(1855)、江戸幕府は前年に焼亡した内裏を再建しているが、現在の京都御所はこの時期にほぼ整った。
(ウ)承明門から紫宸殿に向かって、左手に橘、右手に桜が植えられている。
(エ)外周の正面の門(南門)が建礼門、裏門(北門)にあたるのが朔平門(さくへいもん)である。



(ア)元弘元年(1331)、後醍醐天皇が里内裏の土御門東洞院殿で即位して以後、同所が皇居として定着した。
光厳天皇(こうごんてんのう)

(75) 京都市外の寺社について

選択肢
(ア)京北町の常照皇寺は、高厳天皇が庵を結んだのが始まりと伝えられる桜の名所であるが、なかでも九重桜は国の天然記念物に指定されている。
(イ)八幡市の石清水八幡宮は、歴代朝廷に崇拝されるとともに、弓矢の神・戦勝の神として武家の信仰も厚かった。
(ウ)長岡京市の長岡天満宮は、菅原道真が隠岐に左遷される時に立ち寄って名残りを惜しんだと伝えられ、見返り天神とも呼ばれる。
(エ)加茂町の浄瑠璃寺は、池をはさんで本堂と三重塔が向かい合い、平安時代の浄土式庭園として貴重な遺構である。



(ウ)長岡京市の長岡天満宮は、菅原道真が隠岐に左遷される時に立ち寄って名残りを惜しんだと伝えられ、見返り天神とも呼ばれる。
讃岐ではなく、太宰府

(76) 清水焼について

選択肢
(ア)京都で生産される陶磁器を総称して京焼と呼び、清水焼はその代表である。
(イ)江戸初期、本阿弥光悦が御室に窯を築き、色絵陶器を完成させた。
(ウ)江戸末期、奥田頴川が中国明代の磁器を手本に古染付、赤絵など色彩磁器の焼成に成功した。
(エ)明治初期、ドイツのワグネル博士を招き、七宝の釉薬など新技術を導入した。



(イ)江戸初期、本阿弥光悦が御室に窯を築き、色絵陶器を完成させた。
本阿弥光悦ではなく、野々村仁清

(77) 京象嵌(きょうぞうがん)について

選択肢
(ア)象嵌技術は、シルクロードを経て日本に伝わった。
(イ)江戸時代には、刀剣の鐔に豪華な象嵌を施すのが流行した。
(ウ)伏せ糊を置いて、地染めし、最後に金銀箔をあしらう技術である。
(エ)ペンダント、帯留め、タイピン等装身具に使われる。



(ウ)伏せ糊を置いて、地染めし、最後に金銀箔をあしらう技術である。
地金に布目の溝を彫り、金・銀・銅などをツチで打ち込んで装飾する技術

(78) 京都の伝統工芸について

選択肢
(ア)木工芸のひとつで建具師、家大工から分化した家具職人による伝統工芸を「京指物(きょうさしもの)」という。
(イ)糸を組みあげて一本の紐にしたてあげ、和装小物の帯締めなどに使われてきた伝統工芸を「京くみひも」という。
(ウ)絵画や書の作品を軸装、額装する伝統工芸を「京表具」という。
(エ)平安京の縫部司に技術集団が置かれ、縫仏、縫衣、武具などに活用されて発展してきた伝統工芸を「京鹿の子絞り」という。



(エ)平安京の縫部司に技術集団が置かれ、縫仏、縫衣、武具などに活用されて発展してきた伝統工芸を「京鹿の子絞り」という。
京繍(きょうぬい)」

(79) 町家について

選択肢
(ア)京都の町家は、屋根の棟を通りと平行に構える「妻入り」形式が多い。
(イ)京都の町家は、外壁に柱を見せる「真壁造」が主流である。
(ウ)現存する町家は、ほとんどが明治以降に建てられたものである。
(エ)町家の小屋根に、魔除けとして飾られているものを鍾馗(しょうき)という。



(ア)京都の町家は、屋根の棟を通りと平行に構える「妻入り」形式が多い。
「平入り」

(80) 京ことばについて

選択肢
(ア)「セングリ」とは「次から次へと」という意味である。
(イ)「モッサイ」とは「野暮ったい」という意味である。
(ウ)「コートナ」とは「地味で上品な」という意味である。
(エ)「ヤニコイ」とは「ねばっこい」という意味である。



(エ)「ヤニコイ」とは「ねばっこい」という意味である。
「壊れやすい」