京都検定

過去問|2級 第14回京都・観光文化検定試験(2017年)|歴史・史跡(1/10 page)

目次

<1> 歴史・史跡に関する記述について、最も適当なものを(ア)~(エ)から選びなさい。

(1) 延暦4年(785)、長岡京造営の中心人物であった藤原種継が暗殺された。この事件に関与し、乙訓寺に幽閉された人物は誰か。

選択肢
(ア)阿保親王
(イ)早良親王
(ウ)葛原親王
(エ)伊予親王



(イ)早良親王

(2) 平安京は「四神相応之地」とされているが、白虎に当たるのはどれか。

選択肢
(ア)鴨川
(イ)巨椋池(おぐらいけ)
(ウ)船岡山
(エ)山陰道



(エ)山陰道

(3) 平安京内裏にあり、天皇の日常の居所の一つで、南廂(みなみひさし)に昇殿を許された蔵人と公卿だけが昇ることのできる殿上の間がある建物は何か。

選択肢
(ア)紫宸殿
(イ)宣陽殿
(ウ)清涼殿
(エ)春興殿



(ウ)清涼殿

(4) 鎌倉時代、市中警護のために京中48ヵ所の辻々に設置された詰所のことを何というか。

選択肢
(ア)篝屋(かがりや)
(イ)検非違使庁
(ウ)京職
(エ)大番役



(ア)篝屋(かがりや)

(5) 室町時代、足利将軍家の美術品の管理のほか、芸能や茶事などに携わった人々を何というか。

選択肢
(ア)奉公衆(ほうこうしゅう)
(イ)御伽衆(おとぎしゅう)
(ウ)評定衆(ひょうていしゅう)
(エ)同朋衆(どうほうしゅう)



(エ)同朋衆(どうほうしゅう)

(6) 豊臣秀吉は、京都における居館として「内野」と呼ばれていた地に聚楽第を建立した。その「内野」はもともと何があったところか。

選択肢
(ア)法勝寺
(イ)平安京大内裏(だいだいり)
(ウ)法住寺殿
(エ)本能寺



(イ)平安京大内裏(だいだいり)

(7) 江戸時代、朝廷の監察や京都の諸機関の統括など、京都支配の中心的な役割を担った役職を何というか。

選択肢
(ア)二条城代
(イ)大目付
(ウ)京都所司代
(エ)六波羅探題



(ウ)京都所司代

(8) 今年(2017年)、大政奉還から150年目を迎える。その舞台となった二条城の建造物はどれか。

選択肢
(ア)二の丸御殿
(イ)香雲亭
(ウ)天守閣
(エ)本丸御殿



(ア)二の丸御殿

(9) 慶応4年(1868)、正月に勃発した鳥羽・伏見の戦いで、伏見奉行所に陣取った新撰組など幕府軍に対して薩摩軍が本陣としたのはどこか。

選択肢
(ア)城南宮
(イ)御香宮神社(ごこうのみやじんじゃ)
(ウ)藤森神社
(エ)安楽寿院



(イ)御香宮神社(ごこうのみやじんじゃ)

(10) 明治11年(1908)、深草に陸軍第十六師団が駐屯し、京都の市街地と駐屯地を結ぶ道路の整備が行われた。橋脚に今も陸軍の星のマークを見ることができる師団橋のある通りはどれか。

選択肢
(ア)師団街道
(イ)第一軍道
(ウ)第二軍道
(エ)第三軍道



(ウ)第二軍道