京都検定

経済産業大臣指定伝統的工芸品 – 京都

京うちわ



生産地

京都市

特徴

京うちわは、豊かな風土と文化・歴史に育まれながら、今日もなお作り手たちの技と心で常に新しいデザイン感覚を付け加えています。単に涼むための用具としてだけでなく、優れた美術工芸品として私たちの目を楽しませ、生活に華やかさと潤いを与えてくれます。

由来

京うちわの始まりは、南北朝時代に遡ります。当時、明と呼ばれていた中国や朝鮮沿岸地を荒らし回っていた倭寇(わこう)という日本人の海賊によって、西日本にもたらされた朝鮮団扇(ちょうせんうちわ)が紀州から大和を経て、京都の貴族の別荘地であった深草に伝わったのが始まりと言われています。柄が中骨と一体ではなく後から取り付けられる、挿柄という構造が、京うちわ独特のものに定着したのは江戸時代以降のことです。これは、宮廷のための絵を描く土佐派、狩野派等の絵師が絵を描いた「御所うちわ」が始まりと見られています。その後間もなく、庶民の使ううちわとしても広まり、今日の京うちわの基盤が確立されました。

京くみひも



生産地

京都市、宇治市

特徴

くみひもは千年以上も前から利用されており、神社や寺、衣服、鎧兜、刀の下緒等あらゆるものに使われています。用途に応じた組み方があり、その数は3,500種類にも及んでいます。明治時代以後は和装小物の帯締めとして使われてきました。

由来

縄文時代の暮らしでは、撚(よ)りひもや簡単なくみひもが使われていました。京くみひもの始まりは平安時代と伝えられています。鎌倉時代に入って武具に使うことが増え、実用的なくみひも作りの技術が発達しました。江戸時代には羽織紐が量産されるようになりました。

京黒紋付染(くろもんつきぞめ)



生産地

京都市、宇治市、亀岡市、久世郡久御山町他

特徴

生地は絹織物です。化学染料を使う場合でも、深みや微妙な味のある黒色を出すために、紅または藍等の下染も行っています。紋章上絵付けは、手描きの場合と型紙による型刷りの場合とがあります。

由来

黒染の歴史はたいへん古く、10世紀まで遡りますが、黒紋付染として確立したのは、17世紀の初めと見られています。江戸時代の中期以後は藍等で下染した「びんろうじ染」が中心となり、武士階級で黒紋付が愛用されるようになりました。明治時代に入ると、紋付羽織袴が国民の礼服に制定されたことで大いに広まりました。またイギリスの染色技術を習得し、フランスやドイツの染色を研究した結果から、手間のかかる「びんろうじ染」に代わって、現在の黒浸染(くろしんせん)と、「三度黒(さんどぐろ)」及び「黒染料(くろせんりょう)」の2つの技法による黒引染(くろひきぞめ)が確立しました。

京指物(さしもの)



生産地

京都市

特徴

京指物は、桐製品に代表されると言えます。桐材は水気を防ぎ、熱にも強いことから、桐製品は収納調度の高級品の代名詞となっています。京指物で使う桐材は、長い自然乾燥、アク抜きといった素地作りに心を配っています。

由来

始まりは平安時代に遡ります。室町時代以後には専門の指物師が現れ、茶道文化の確立とともに、京指物も発展しました。無垢板(むくいた)を用いた高級和家具の調度指物と、キリ、スギ、クワ、ケヤキ等の木の素材を生かした挽物(ひきもの)、曲物、板物等の茶道具指物があります。

京鹿の子絞(かのこしぼり)



生産地

京都市、亀岡市、綴喜郡井手町、相楽郡木津町、笠置町、和束町、船井郡八木町 他

特徴

絞り染めの中でも鹿の子と言われる疋田絞(ひったしぼり)、一目絞(ひとめしぼり)の、その括り粒の精緻さや、括りによる独特の立体感の表現は、他に類のないものです。この他、それぞれの括り技法の持つ表現力を組み合わせて、模様が表現されています。

由来

絞り染めは、日本では千数百年も前から行われており、宮廷衣装の紋様表現として用いられてきました。括(くく)りの模様が子鹿の斑点に似ているところから「鹿の子絞り」と言われます。室町時代から江戸時代初期にかけて、辻が花染として盛んに行われるようになり、江戸時代中期には、鹿の子絞りの全盛期を迎えました。その後も手先の技は着実に受け継がれて来ています。

京漆器(しっき)



生産地

京都市

特徴

京漆器は長い歴史に育まれ、他の産地に見られない「わび」「さび」といった内面的な深い味わいを備えています。優雅で洗練されたデザインと、堅牢さに加えて、平面や立体の作りの美しさや、繊細な仕上がりが特徴です。

由来

奈良時代に唐の影響を受け、蒔絵のもとである技法が生み出されました。この技法が平安遷都とともに京都に受け継がれ発展していきました。京漆器は、室町時代以後、京都を中心に栄えた茶の湯の文化とともに広まり、全国漆器産業の中心として栄えました。その原動力となったのは、数多くの名工が残した作品や技術・技法であり、手と技による品質とデザインの優秀性です。

京繍(ぬい)



生産地

京都市、宇治市

特徴

絹織物、麻織物に絹糸、金銀糸等を用い、伝統の高度な技法を用いて刺繍し、華麗で雅やかな平安の香りを伝えています。

由来

京繍は、平安京が造られた時、刺繍をするための職人をかかえる織部司(おりべのつかさ)という部門が置かれたのが始まりとされています。江戸時代中期に、宮崎友禅斉が友禅染めを完成させるまで、刺繍は、鹿の子絞、摺(す)り箔とともに布地を加飾するための重要な方法でした。特に、経済力を持つようになった町人たちによって作り出された、「寛文文様」と呼ばれる新しいデザインの表現の中で、刺繍は重要な役割を果たしました。奈良県の興福院に伝わる掛袱紗(かけふさ)は、格調高い江戸中期の作品を代表するものと言えます

京小紋(こもん)



生産地

京都市、宇治市、亀岡市、城陽市、向日市 他

特徴

小紋は、武士の裃(かみしも)にあるような小さな文様を、一色で型染したものです。現代では、昔ながらの文字通り小さな文様で型染された小紋はもちろん、洋花等を思いきり大胆に図案化したものまで色々なものがあります。

由来

京小紋の始まりは、基本となる型紙が作られた1200年前に遡ります。室町時代に起きた応仁の乱の後、様々な絹織物が生産されると辻ヶ花染や茶屋染が発達し、京都の堀川を中心として染色の職人町が出来ました。上杉謙信の紋付小紋帷子(もんつきこもんかたびら)や徳川家康の小花紋小紋染胴服(こばなもんこもんぞめどうふく)等は、小紋の技法を駆使して作られています。この頃に、防染糊を置いたあと引染めする小紋の技術が完成されました。

京焼・清水焼(きょうやき・きよみずやき)



生産地

京都市、宇治市、城陽市、向日市、亀岡市、長岡京市

特徴

伝統を重視した繊細、優麗、巧緻な器と、現代の暮らしに潤いを与えるにふさわしい斬新な器とが共存し、それぞれが独特の雰囲気を保っています。

由来

始まりは平安時代以前に遡りますが、平安京の造営と同時に本格的に焼き物作りが始まりました。それ以来、京都は優れた陶工と名品を次々に輩出しています。17世紀には仁清(にんせい)や乾山(けんざん)という名陶工が現われ、19世紀には頴川(えいせん)が磁器の焼成に成功し、加えて木米(もくべい)、保全(ほぜん)、仁阿弥(にんなみ)等の名工らがめざましく活躍しました。明治時代に入り、ドイツ人の工芸家ワグネルを招いたことを機に、諸外国の技術が取り入れられ、京焼・清水焼はどんどん発達していきました。

京人形



生産地

京都市、宇治市、亀岡市、八幡市

特徴

京都は場所柄、周囲に仏具関係、繊維関係、漆芸関係等の工芸が発達しており、人形作りに良い環境にあります。また、頭、髪付、手足、着付け等、作業ごとに職人が分けられているため、その部門ごとに最高の部品が作られ、結果として高度な人形が出来上がります。

由来

人形は天児(あまがつ)、這子(ほうこ)等、子供の身に悪いことが起きないように願って、子供の身代わりに悪いことを引き受けるものとして用いられたのが始まりと言われます。それが時代を経て、平安時代に公家や貴族の子女達が遊んだ雛人形の原型とも言われるものになり、江戸時代に完成されました。その他、同じ時期に御所人形、衣装人形、市松人形等も生まれ現在に至っていま

京石工芸品(いしこうげいひん)



生産地

京都市、宇治市、亀岡市、向日市、八幡市

特徴

京石工芸品は、ほとんどが庭園装飾用で1人の石工(いしく)がすべての工程を手がけています。用途や形により様々な製品が作られています。特に石灯籠は桃山時代以後、茶道の流行に伴い日本庭園の欠かせない主役となっています。

由来

石と人間生活との関わり合いは、遠く石器時代から始まります。奈良時代後期、仏教の伝来によって石造文化が生まれました。その後の石造美術の発展とともに、貴重な文化的石造工芸品が作り出されました。比叡山麓、白川の里からは良質の花崗岩(かこうがん)が切り出される等、材料にも恵まれた京石工芸品は、千年もの間文化の中心であった京都の土地柄に支えられて、他の地方には見られない石工芸の技術を築き上げ、現在にまで伝えています。

京扇子(せんす)


生産地

京都市、宇治市、亀岡市、船井郡八木町

特徴

良く吟味された材料の竹や紙を用いた、確かな手仕事から生まれる小さな工芸品には、表面的な美しさだけではなく、その風合い、持ち味等、実用品こそが持つ様々な「美」があります。

由来

扇の始まりは平安時代初期に遡ります。当時使用されていた「木筒」という木の細く薄い板を何枚かつなげて、現在の扇の形にしたものが始まりだと考えられています。薄いヒノキ板を重ね綴ったことから「桧扇(ひおうぎ)」と呼ばれる扇です。次に竹と紙で出来た「紙扇」が作られ、13世紀頃には中国へ輸出されました。それがさらにヨーロッパへと伝わり、西洋風の扇になりました。ヨーロッパに根づいた扇がその後日本へ逆輸入され、「絹扇(きぬせん)」を生み出しました。

京表具(ひょうぐ)



生産地

京都市ほか

特徴

京都の美しい環境と京都人の洗練された美意識に支えられ、湿度の高い盆地の風土が表具作りに適していたこともあって発展しました。また、床の間の発生や室町時代末期から江戸時代にかけて茶道が盛んになったことから、茶人たちの美意識を反映した表具が完成しました。

由来

始まりは平安時代に遡ります。当時、表具は経や書画に布地を貼って補強するためのものでした。それがその後、保存や鑑賞のために、書画等に布や紙等で縁取や裏打ち等をして、掛軸や額に仕立てたり、屏風や衝立、襖にする「表装」一般を扱うようになりました。京表具のうち掛軸、巻物、額装は、床の間等の和室の装飾用として、また屏風や衝立、襖は部屋の仕切り、風よけ、目隠し用として一般家庭の日常生活に使われています。

京仏具(ぶつぐ)



生産地

京都市、宇治市、亀岡市、城陽市、向日市、長岡京市、木津川市、南丹市

特徴

各宗派のもととなる総本山が100以上、3,000余りの寺々や数多くの国宝・文化財に囲まれた環境の中で発展して来た京都の仏具作りは、その多彩で高度な分業の技術を集めた技と心の結晶とも言えるものです。各宗派にはそれぞれのデザインや特別な仕様があります。

由来

京都における仏具は、平安仏教を特色付けた最澄、空海の時代の8世紀頃に、その製作が始められたと考えられます。11世紀初頭には仏師が七条に「仏所」を設け、仏具作りの職人を集めましたが、これが本格的な仏具の歴史の始まりと言えます。

京仏壇()



生産地

京都市、宇治市、亀岡市、城陽市、向日市、長岡京市、木津川市、南丹市

特徴

京都には各宗派のもととなる総本山が100以上あり、それに加えて3,000余りの寺々や数多くの国宝・文化財があります。京仏壇は、各宗派の総本山の本堂の様子を忠実に再現小型化した精緻な工芸品として「京もの」と呼ばれ、格調の高さと精神性を誇っています。

由来

仏壇は厨子(ずし)から変化したものですが、もっぱら武士階級のものとして用いられていました。これが一般に広まったのは、江戸時代初期からで、徳川幕府が行った宗門改(しゅうもんあらため)によって、各家庭での仏壇を必要とする人々が増えたため、一般家庭用仏壇の生産が本格化したと考えられます。

京友禅(ゆうぜん)



生産地

京都市、宇治市、亀岡市、城陽市、向日市、久世郡久御山町

特徴

花鳥山水等を写した京友禅は、日本の着物の代名詞になっているといっても言い過ぎではないでしょう。多くの色を使いながらも、気高く奥ゆかしい京友禅の色柄には、京都千年の歴史が育んだ、美しい感覚が息づいています。

由来

染色技法は8世紀から伝わり、手描友禅は江戸時代に京都の絵師宮崎友禅斉によって確立されたと伝えられています。扇絵師として人気の高かった宮崎友禅斉が、自分の画風をデザインに取り入れ、模様染めの分野に生かしたことで「友禅染め」が生まれました。色数が多く絵画調の模様を着物に染める友禅染は、町人文化の栄えた江戸時代の中期に盛んに行われるようになりました。明治時代には、型紙によって友禅模様を染める「写し友禅染め」が開発されました。

西陣織



生産地

京都市

特徴

西陣織の特徴は、「多くの品種を少量ずつ作る方式をもととした、先染めの紋織物」にあります。綴(つづれ)、錦、緞子(どんす)、朱珍(しゅちん)、絣、紬等、多くの種類の絹織物が作られています。特に多色の糸を使う紋織物は絢爛豪華な糸使い紋様の精緻さを誇ります。

由来

西陣という名は、室町時代の応仁の乱の時、西軍が本陣とした場所に、乱の後、職人が集まって織物をしたことから付けられました。織物の歴史としては、平安時代以前に秦氏によってもたらされた織技術にまで遡ることができます。西陣織は宮廷文化を中心に、織文化の担い手として発展してきました。