京都検定

過去問|2級 第12回京都・観光文化検定試験(2015年)(4/5 page)

目次

<7> 京都のならわし・ことば・伝説に関する記述について、(   )に入れる最も適当なものを(ア)~(エ)から選びなさい。

(61) 京都では、正月に小梅と結び昆布を入れた大福茶を飲む習慣があり、特に六波羅蜜寺ではこの茶を平安時代の(   )が服したことから「皇服茶」と呼ぶ。

選択肢
(ア)醍醐天皇
(イ)花山天皇
(ウ)後亀山天皇
(エ)村上天皇



(エ)村上天皇

(62) 食べ初めでは、お頭付き・赤飯・吸い物・なますに、元気に育つよう願いを込めて(   )が添えられる。

選択肢
(ア)石
(イ)柊
(ウ)炭
(エ)筆



(ア)石

(63) 京ことばで「ゴモク」とは(   )という意味である。

選択肢
(ア)迷惑
(イ)碁石
(ウ)かまど
(エ)ごみ



(エ)ごみ

(64) 京ことばで「イカキ」とは(   )という意味である。

選択肢
(ア)茶せん
(イ)熊手
(ウ)竹垣
(エ)ざる



(エ)ざる

(65) 京ことばで「ネキ」とは(   )という意味である。

選択肢
(ア)そば
(イ)上
(ウ)次々
(エ)いつも



(ア)そば

(66) (   )とは、「しったかぶり」「ぐっすりと寝る」をたとえた京の俗諺である。

選択肢
(ア)京はお口のべっぴん
(イ)撞かずの鐘
(ウ)白河夜船(しらかわよふね)
(エ)京では右と左が逆になる



(ウ)白河夜船(しらかわよふね)

(67) (   )は、平安時代末期に近衛天皇(このえてんのう)から鵺(ぬえ)の退治を命ぜられた源頼政が、見事討ち取りその鏃(やじり)を奉納したといわれる。

選択肢
(ア)神明神社(しんめいじんじゃ)
(イ)大将軍神社
(ウ)若宮八幡宮
(エ)須賀神社



(ア)神明神社(しんめいじんじゃ)

(68) 平安時代の名刀工といわれる(   )は、稲荷明神の御加護で名刀「小狐丸」を打った霊験譚(れいげんたん)で知られる。

選択肢
(ア)郷義弘
(イ)岡崎正宗
(ウ)三条小鍛冶宗近
(エ)粟田口吉光



(ウ)三条小鍛冶宗近

(69) (   )には、平安時代に延暦寺から宮中に向かう尊意僧正が溢れ出した鴨川の水を法力で分け、石の上に現れた菅原道真の霊を昇天させて嵐を治めたと伝わる「道真の登天石」がある。

選択肢
(ア)北野天満宮
(イ)菅原院天満宮神社
(ウ)長岡天満宮
(エ)水火天満宮(すいかてんまんぐう)



(エ)水火天満宮(すいかてんまんぐう)

(70) 眼病平癒の信仰を集める(   )は、洪水の折に雨がやむように祈願したことから「雨やみ地蔵」と呼ばれていたことが転じて、「目やみ地蔵」になったという。

選択肢
(ア)聞名寺(もんみょうじ)
(イ)仲源寺
(ウ)石像寺(しゃくぞうじ)
(エ)今熊野観音寺



(イ)仲源寺

<8> 京都の地名に関する記述について、(   )に入れる最も適当なものを(ア)~(エ)から選びなさい。

(71) 近松門左衛門の浄瑠璃「堀川波鼓(ほりかわなみのつづみ)」に歌われた京都の南北の通りを、現在と比較すると(   )が抜けている。

選択肢
(ア)御幸町通(ごこまちどおり)
(イ)高倉通
(ウ)衣棚通(ころものたなどおり)
(エ)小川通



(イ)高倉通

(72) 室町通と新町通の間を三条通から六条通まで抜ける(   )は、桃山期の有名な茶人の屋敷があったことにちなみ名付けられた。

選択肢
(ア)革堂図子(こうどうのずし)
(イ)相合図子(あいあいずし)
(ウ)了頓図子(りょうとんのずし)
(エ)だいうすの辻子(ずし)



(ウ)了頓図子(りょうとんのずし)

(73) 豊臣秀吉が聚楽第の周辺に諸大名を集住させ、現在の上京区には武将に由来する町名が多く残る。中でも主計町は(   )の屋敷があったことにちなんで名付けられた。

選択肢
(ア)加藤清正
(イ)黒田如水(くろだ じょすい)
(ウ)黒田長政
(エ)上杉景勝



(ア)加藤清正

(74) 修学院から比叡山延暦寺の根本中堂に至る(   )は、延暦寺への勅使参向に用いられたため「勅使坂」とも呼ばれた。

選択肢
(ア)雲母坂(きららざか)
(イ)夢見坂
(ウ)台所坂
(エ)無動寺坂



(イ)畑菜の辛子和え

(75) 下京区の悪王子町(あくおうじちょう)は(   )の荒魂を祀る悪王子社に由来する。

選択肢
(ア)タカオカミノカミ
(イ)イザナミノミコト
(ウ)スサノヲノミコト
(エ)オオクニヌシノミコト



(ウ)スサノヲノミコト

(76) 鎌倉時代の記録にも残る(   )には、今も大西清右衛門家をはじめ専門の職人が住む。

選択肢
(ア)釜座通(かまんざどおり)
(イ)鍵屋町通(かぎやまちどおり)
(ウ)竹屋町通(たけやまちどおり)
(エ)上珠数屋町通(かみじゅずやまちどおり)



(ア)釜座通(かまんざどおり)

(77) 北野天満宮東門の門前に形成された北野上七軒は、(   )の指定を受けている。

選択肢
(ア)伝統的建造物群保存地区
(イ)歴史的風土特別保存地区
(ウ)界わい景観整備地区
(エ)歴史的景観保全修景地区



(ウ)界わい景観整備地区

(78) 京都の地誌・観光案内書である(   )には、47ヵ所の辻子や、豊臣秀吉が御所参内の際に必ず通ったことにちなんで御幸町通(ごこまちどおり)と名付けられたことが記されている。

選択肢
(ア)京童(きょうわらべ)
(イ)京雀(きょうすずめ)
(ウ)京羽二重(きょうはぶたえ)
(エ)京羽津根(きょうはつね)



(ウ)京羽二重(きょうはぶたえ)

(79) 円珍(智証大師)が訪れた際に、辺りを案内したとされる動物にちなんで名づけられた(   )は、俊寛の山荘があったことでも知られる。

選択肢
(ア)鷹峯(たかがみね)
(イ)今熊野
(ウ)鞍馬
(エ)鹿ヶ谷(ししがたに)



(エ)鹿ヶ谷(ししがたに)

(80) 西田幾太郎と同様に「哲学の道」を散歩したことで知られ、経済学者でもある(   )の墓は、ほど近い法然院にある。

選択肢
(ア)波多野精一
(イ)折口信夫
(ウ)川上肇(かわかみ はじむ)
(エ)佐々木惣一



(ウ)川上肇(かわかみ はじむ)